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高松高等裁判所 平成7年(ネ)75号 判決

控訴人(附帯被控訴人)(原告)

南昭

被控訴人(附帯控訴人)(被告)

八木尋行

主文

一  本件控訴に基づき、原判決中、控訴人敗訴の部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、原審認容の金額のほか、更に金一三七万九六二七円及びこれに対する平成四年五月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じて一〇分し、その七を控訴人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。

四  この判決の第一項1は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴の趣旨

1  原判決中、控訴人勝訴の部分を除き、これを取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金五二二万二八二四円及びこれに対する平成四年五月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  附帯控訴の趣旨

1  原判決中、被控訴人敗訴の部分を取り消す。

2  控訴人の請求を棄却する。

第二請求・事案の概要

原判決の「事実及び理由」欄の第一、第二記載のとおりであるから、これらを引用する。ただし、三枚目表一二行目末尾に「仮に、本件事故により、原告が受傷したとしても、原告の心因的要因が寄与して損害が拡大したから、この事情を損害額の算定に当たつてしんしやくすべきである。」を加える。

第三争点に対する当裁判所の判断

一  争点1(本件事故による控訴人の受傷・後遺障害)について

1  証拠(甲一一の1~16、一三の1~11、五五、五六)によれば、次の事実が認められる。

(一) 被控訴人は、本件事故当時、消防団の訓練の時間に遅れそうになり、急いで、被控訴人宅に至る道(公道に西方からT字型に交わる。)に駐車させていた被控訴人車を後進(東進)させ、南北に通ずる公道まで出ようとしたが、その私道が右公道に交わるところの北西角に自動販売機が置かれ、右公道北方の見通しが悪いのに、安全確認を怠って右後方(北方)に曲がつたため、公道上で一時停止していた控訴人車の後部に被控訴人車の後部を衝突させた。控訴人は、控訴人車を右自動販売機の近くに止めて缶ジユースを買い、車内でそれを飲んでいたものであり、衝突時、エンジンを切り、サイドブレーキを引いていた。

(二) 本件事故の衝撃により、控訴人車は約〇・二メートル前方に移動し、控訴人車の後部バンパーがわずかにへこみ、その右側のバンパー下部外側にわずかにふくらむひずみが生じた。

2  証拠(甲一二、二〇の1~3、二一、二二、三五)によれば、次の事実が認められる。

(一) 控訴人(昭和二六年三月三日生)は、本件事故の翌日の平成四年五月二〇日夕方ころから具合が悪くなり、徳島市新浜本町二丁目にある田村病院で診察を受け、頸椎可動域制限、頸部運動痛、左手しびれ感、左握力低下、左手関節背屈力低下があり、頸椎捻挫・頭部打撲と診断された。

(二) 控訴人は、翌二一日から二三日、二五日から二七日まで、同病院に通院して治療を受けた。二一日以降も頸部痛は続いたが、しびれは順調に回復した。二三日のジヤクソン・スパーリングテストは陰性であり、腱反射正常・ホフマンワルデンベルグ反射陰性であつた。

(三) 同月二八日、控訴人は、右手のしびれ感を訴え、医師の指示により、同病院に同日から同年七月八日まで(四〇日間)入院し、翌九日から同年一一月一一日まで(実日数計三七日)通院して、治療を受けた。なお、控訴人は、同院医師から、同年七月一六日、就労を勧められた。

3  証拠(甲二、二七~三〇、四二~五二、五九、六一)によれば、次の事実が認められる。

(一) 控訴人は、平成四年七月一七日、小松島赤十字病院整形外科で受診し、頸椎捻挫(なお、平成五年四月二日、外傷性頸部症候群)と診断され、同病院に通院して治療を受けている。

(二) 控訴人は、平成六年六月一日、同病院医師湊省により、症状固定の診断を受けた。その診断内容は、次のとおりであつた。

「(1) 自覚症状

ア 頸項部痛、後頭部痛、左上肢放散痛(頑固な疼痛)

イ 左上肢から左手にかけての倦怠感、しびれ感

ウ 右症状は、寒冷時あるいは上肢を使つたあと増悪する。

(2) 他覚的所見

ア 頸項部から肩甲帯部筋緊張亢進あり。

イ 両上肢特に左上肢発汗異常等の血管運動神経障害と考えられる症状あり。

ウ MRI検査所見としては異常を認めない。

以上により、本障害は、頸椎捻挫に伴う自律神経障害により起こつたものと思われる。

(3) 障害内容の憎悪・緩解の見通し

受傷以来の期間を考えると、今後とも症状は残存するものと思われる。」

4  なお、証拠(各認定事実末尾括弧書きのもの)によれば、次の各事実が認められる。

(一) 控訴人は、平成四年七月二一日、徳島大学医学部附属病院整形外科で受診し、頸椎捻挫と診断された(甲一二中の「徳島大学医学部附属病院整形外科医坂本林太郎作成の紹介状御返事」)。

(二) 控訴人は、平成四年一〇月二一日、徳島市諭田町にある保岡クリニツク諭田病院で受診し、頸椎捻挫・頭部打撲と診断され、同病院に平成五年五月一四日まで通院して治療を受けた(甲三五、四一)。

(三) 控訴人は、平成五年五月二〇日、徳島市国府町にある東洋医院で受診し、左頸肩背部捻挫症と診断され、同病院に通院(平成六年七月八日から同年八月一一日まで入院)して治療を受けている(甲四〇、五三、五七、六〇、六二)。

5  証拠(乙二、三・四の各1~3、当審における控訴人本人)によれば、控訴人は、平成七年四月四日、被控訴人の勤務先の事務所に赴いて、被控訴人を糾弾し、同年六月六日にも、右事務所で、「悪党八木を糾弾する。」などと絶叫し、管理者からの退去要求に応じなかつたことで、警察官に逮捕されたことがあることが認められる。

6  以上の事実を総合すれば、控訴人は、本件事故により、頸椎捻挫の傷害を受け、それに伴つて自律神経障害を来し、平成六年六月一日、頑固な神経症状(頸項部痛や左上肢放散痛)を残し、症状が固定したと認めるのを相当とする。

二  争点2(損害額)について

証拠(甲一、三~九)によれば、控訴人は、被控訴人の控訴人に対する平成四年(ワ)第三六九号債務不存在確認請求事件が係属していた徳島地方裁判所に、平成五年一月、本件後遺障害による損害を除くその余の損害合計五六七万八二五五円の支払を求める反訴(平成五年(ワ)第一一号)を提起し、この反訴につき、平成六年四月二七日、金四四九万〇四五九円及びこれに対する平成四年五月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を認容する判決がなされていることが認められ、本訴請求は、本件後遺障害による損害を請求するものである。

1  後遺障害による逸失利益

(一) 証拠(甲一六~一九、三六~三九、五五、六四の1~3、原審及び当審における控訴人本人)によれば、〈1〉控訴人は、日本溶接協会のアーク溶接士の資格を持ち、H鋼の溶接などの仕事をし、平成四年二月一二日から同年五月一九日までの九八日間には、フジタ工業こと藤田敏幸、株式会社同幾製作所、株式会社北島建設及び有限会社嵯峨鉄工所で就労し、計一三九万三二五〇円(日額一万四二一六円。一円未満切捨て。)の賃金を得ていたこと、〈2〉本件後遺障害により、控訴人は、高い技術を必要とする溶接作業ができなくなり、収入が減つたことが認められる(ただし、その収入減の実額を肯認するに足る証拠はない。)。

(二) 前示一の事実に、自賠法施行令二条別表後遺障害等級表一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)の労働能力喪失率が一四パーセントとされていることを総合考慮すれば、本件後遺障害による控訴人の労働能力喪失率は一割、労働能力喪失期間は症状固定後三年と認めるのが相当である。

そこで、前記(一)の収入額を基礎として、ホフマン方式により中間利息を控除して三年間の逸失利益の本件事故時の現価を求めると、一二九万八七一四円となる。

(14,216×365)×0.1×(4.3643-1.8614)=1,298,714

2  後遺障害慰謝料

以上認定の諸般の事情を考慮すると、二〇〇万円が相当である。

3  過失相殺の類推適用

当裁判所に顕著な現在の医学的知見によれば、頸椎捻挫の多くは、初期治療が適切であれば、軟部組織の修復が完成する三ないし四週間程度で症状が軽快し、ほとんど三か月以内には治癒し、後遺障害も残さないものであること、本件を通じ、控訴人に対する医師の初期治療の不適切を認むべき証拠がないことに、前示一5の事実を総合考慮すれば、控訴人の本症状が長期化したのは、控訴人の性格、気質その他の心因的要因が寄与していることを推認することができる。そうすると、被控訴人に本件後遺障害による損害の全部を賠償させるのは、損害の公平な分担を図る損害賠償法の理念に反するから、民法七二二条二項の規定を類推適用し、前記1・2の損害計三二九万八七一四円から五割を減額するのが相当である。

したがつて、被控訴人が控訴人に対して賠償すべき損害額は、一六四万九三五七円となる。

4  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等を考慮すると、弁護士費用は一六万円とするのが相当である。

三  そうすると、控訴人の請求は、被控訴人に対し、一八〇万九三五七円及びこれに対する本件事故の日である平成四年五月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当である。

よつて、本件控訴は一部理由があるが、本件附帯控訴は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邊貢 豊永多門 豊澤佳弘)

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